一般社団法人「コモン・ニジェール」代表理事 福田 英子さん

西アフリカの”最貧国”ニジェールを知ることは日本を知ること

国土のほとんどをサハラ砂漠が占める西アフリカの国、ニジェール。
35年前、日本人女性として初めてニジェールに住んだ福田さんは
ニジェールという国を日本人に知ってもらうための活動を行っている。
「ニジェールを知ることは日本を知ること」と語る福田英子さんにその思いを伺った。

二十歳のとき、サハラ砂漠の真ん中へ
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みなさんはニジェールという国を知っているだろうか。ナイジェリアに隣接している西アフリカの内陸国で、国土の8割を広大なサハラ砂漠が占め、人々は1日1ドル以下で生活している"最貧国"だ。
福田さんは35年前、そんなニジェールの中でもとくに奥地であるサハラ砂漠の真ん中に日本人女性として初めて住むことになった。当時まだ二十歳。結婚して間もない頃で、鉱山会社に勤めるご主人の赴任に同行したのだった。初めての海外、しかも砂漠の中でのキャンプ生活。
「もちろん不安はありましたが、行って無理だったら帰ってくればいいと思ってついていきました。行ける機会があるのに『行かない』という選択は考えなかったですね」経験に勝るものはないと、大きな転機となった35年前を振り返る。

『資源を還元して』というトゥアレグ族の言葉

あたり一面が砂の大地で360度の地平線が見える。木陰も水場もない砂漠で道を見失えば死に直結する。竜巻のような砂嵐が、日干し煉瓦を積んだだけの質素な家のそばを通り過ぎていく。電気は発電機。水は普通の井戸よりはるか深い地層まで掘らなければ出ない。
そんな過酷な環境で心を癒してくれたのは、プラネタリウムにも勝るほどの満天の星空。「天の川が細かな星の固まりとなって、真っ白いベールのように見えました。手が届きそうな星空は他では決して見ることができないでしょう。サハラ砂漠が『星の王子様』の舞台だったことを思い出しました」。
そしてもう一つ、福田さんを和ませてくれたのが砂漠の遊牧民トゥアレグ族との交流だった。「鹿や羊を持ってきてくれたり、砂漠で見つけた珍しい石器や化石、もしかしたら隕石なのかもと言うような貴重なものをくれたり…。正直で、フレンドリーで、とても親日的でした。そんな彼らがこう言うのです。『ここに眠っている資源をニジェールでは使えないから、日本やフランスで使って欲しい。ただ、少しだけ還元してほしい』。その言葉がずっと自分の心に残っていました」と福田さんは語る。

いつか電気のお返しを

ニジェールに眠っている資源とはウランのこと。日本で24時間使っている電気の約1時間分はニジェールのウランで発電している計算になるという(2010年現在)。しかしその資源を持つニジェールには現在でも発電所は一つもない。電線すら通っていないところがほとんどだ。
「日本人は食糧の輸入先にはとても関心があるけれど、一番輸入が多いエネルギーについては関心がない」と福田さん。エネルギーの輸入先であるニジェールをもっと知ってもらいたい。自分が出会った人たちの歴史や文化を紹介したり、支援する活動ができればと「コモン・ニジェール」を設立した。
「いつか電気のお返しを」ずっとそう思ってきた福田さんは、支援の一つとして太陽光で蓄電するソーラーランタンをニジェールに贈る活動に取り組んでいる。蓄電すると5時間くらいは点灯するため、子供たちは夜でも字を書いたり本を読んだりすることができる。太陽の光がどうして灯りになるのか、子供たちの好奇心も刺激される。
この3月、23年ぶりにニジェールを再訪した福田さんは、パナソニックから寄贈されたソーラーランタン200個を届けた。

幸せは物の豊かさでは計れない

ニジェールは国連が発表した「人間開発指数」という生活の質を計る指標で最下位だ。女性の識字率は10%以下。生まれてくる子供たちの約4分の1が5歳未満で亡くなり、平均寿命は46歳。日本人には考えられない厳しい数字だ。「しかし」と福田さんは言う。「彼らが不幸であるかというと決してそうではありません。街で出会う子供たちは満面の笑みを向けてくれるし、学校で授業を受けている子供たちは学べる喜びに満ちています。物質的にはずっと豊かである日本ですが、子供たちにとってどちらが幸せかは一概には言えません。〝幸せ"とは物のあるなしでは計れないことをニジェールの子供たちは教えてくれます」。
ニジェールの子供たちの写真を見せると「貧しい国の子供たちがこんな笑顔をするとは驚き」と感想を述べる人がいたという。「貧困=不幸と思わないでほしい。貧しい国に対して必要なのは"同情"ではなく、"リスペクト(尊敬)"です。リスペクトしなければ、相手からもリスペクトされません。私たちはニジェールから学ぶことがたくさんあります。ニジェールを知ることで日本や自分の身の回りを見つめ直すきっかけになってくれればと思います」。
例えば砂漠に暮らす遊牧民たちの生活は「彼らは家族をとても大切にします。彼らを見ていると、家族ってシンプルで温かいものであることを教えられます。お父さんお母さん子どもがいて、毎日の食卓がある。テレビもないから、ランタンの灯りの下でみんなで話をする。お産だって騒がず、自然に受け入れる。お母さんは毎日家族のためにご飯を作る、身の回りの世話をする。それは当たり前のことだけれど、必ず家族の心や体の中に蓄積されていくはず。そしていつかきっと、母親の優しさや家族の温かさに気づくことでしょう。これは日本の家族も同じことですよね」と福田さん。
砂漠に住んでいた頃、自転車で旅をしていた日本人の青年と偶然、遭遇したことがある。家に招き入れ、何が食べたいか尋ねると「お砂糖が入った卵焼き」。早速作ってあげると、彼は「お袋を思い出す」と言って美味しそうに食べたそうだ。

福田さんが砂漠で聞いた話や体験したことをもとに、五つのお話をまとめた『ニジェール物語』という冊子がある。先日、ニジェールでも現地の言葉で冊子化され、子供たちに届けられたそうである。物語はおとぎ話のような遠い異国のお話だが、距離も民族も文化も飛び越えて私たちの心の中にストンと落ちてくる。「少しだけアフリカに思いを馳せてみてください。広い視野をもち、知ることで頭が柔らかくなるでしょう。そうしてニジェールにも関心をもってくれたら嬉しく思います」と福田さん。
世界は広くて想像以上のものがある。経験することで分かることもたくさんあるし、知らなければいけないこともある。「23年ぶりのニジェールは、前よりも厳しい状況でした。私の活動は、焼け石に水程度かもしれないけれど、何かやらなければいけない。そんな思いを強くしました」。福田さんはこれからもニジェールと日本をつなぐ活動を続けていきたいと語ってくれた。

プロフィール

福田 英子  Hideko Fukuda

東京都生まれ、守谷市在住。
1978〜1980年夫の赴任に伴いニジュール共和国へ。サハラ砂漠の真ん中のアファストのキャンプに住む。
1980〜1986年出産のために一時帰国後、夫の転勤でパリ(フランス)に駐在。
1986〜1991年再度、夫の転勤で5歳の長男と1歳の長女を連れて家族でニジェール共和国の首都エアメに在住。
1991年    帰国
2009年一般社団法人「コモン・ニジェール」設立。
各地で講演会などを行いニジェールを伝える活動をしている。『ニジェール物語』はHPより電子書籍で発売中。

ホームページ  http://www.comment-niger.org/Home


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