JAとりで総合医療センター 院長 新谷 周三さん

地域の基幹病院として 「地域完結型医療」を目指す

県南地域の基幹病院として、地元の人たちの医療を支えるJAとりで総合医療センター。1976(昭和51)年に旧取手協同病院と旧龍ケ崎協同病院が合併し、現在の地に移転新築されてから3度の増改築を経て、多くの診療科目を揃える総合病院となった。1日に外来患者が1千人以上も訪れる病院をまとめる新谷周三院長に、病院の果たす役割や地域医療にかける思いについて伺った。

医療を変えるには社会から

新谷院長は山口県萩市の出身。
実家の畑に長州藩の藩校として知られる明倫館の遺跡があり、幕末の歴史にも造詣が深い。
父の勧めもあって医師を志し、東京医科歯科大学で学んだ後、山梨県の病院勤務を経て、
当時の取手協同病院に赴任したのが35歳の時だった。
それから27年にわたり県南地域の医療のために尽力されてきた。
長年、医師として多くの患者と向き合ってきた新谷院長だが、
病気を治すには医療技術だけでなく、社会制度の整備も重要であると考える。
その考えの原点にあるのは学生運動だ。
大学紛争が巻き起こった1970年代前半、
自らもまた「医療を知るには、まず社会を知らなければ」と
「医学連(全日本医学生自治会連合)」の一員として学生運動に傾倒し、
活動に没頭していった。
当時を振り返り「かなり無茶なこともしたが、
医療を変えるには社会を変えなければという思いは、今も変わらない」と語る。

医療行政の課題に取り組む

779person1「昔から『良医は患者を治す、名医は国を治す』という言葉があります。
国民の平均寿命を延ばすにはどうしたらいいか?という問いに、
その国の医療レベルを上げるというのは2~3割の効果でしかなく、
大事なのは社会のインフラ体制を整えること」と新谷院長は言う。
発展途上国で平均寿命が短いのは、
「そもそも病院が少ない、誰もが安心して病院にかかれる保険制度がない、
予防接種や健康診断など保健行政も行われていない、
住んでいる街に上下水道が整備されず衛生的でないことなど」の要因が大きい。
どんなに優秀な医師がいても、国がインフラを整備できなければ病気がはびこり、
寿命は延びないということだ。
「国を変えれば医療は変わる」というポリシーのもと、
社会の在り方も常に意識をしているそうだ。
「医師としての高い技術をもったうえで、医療福祉に関する行政的な仕事も大事」と、
現在の立場を語る新谷院長。
院長として医療行政に関わり、週3回の外来診察の他に地域医療のための体制づくりに奔走している他、
医師を確保するため、当病院の医師の9割以上を占める東京医科歯科大との人事調整などにも忙しい。
また人口当たりの医者の数が全国で46番目に少ない茨城県では、
地元の高校生が医学部に進学しやすい環境を整え、
医師になって県内で働いてくれるような制度を考えていくことも、
また、医療行政の課題として取り組んでいる。

退院後も安心して生活できる体制づくり

患者さんとのふれあいまつり

患者さんとのふれあいまつり

35~40年くらい前に東京のベッドタウン化が進み、
若い夫婦が移り住み、急激に人口が増えた取手市。
時を経て当時の子育て世代は70歳前後になり、
65歳以上の高齢化率は31%にもなる。
今後はさらに上がっていくことが予想され、
地域の病院が果たす役割も病気の治療だけでなく、
多岐にわたって期待される。
このような状況の中で、当病院が目指すのは「地域完結型医療」。
「高齢の患者さんの中には、治療が終わった後も寝たきりになり、
介護が必要になってしまう人もいる。
急患で運ばれてきて一命を取りとめても、それまでの生活に戻れない人も多い。
だから退院後の生活も考えなければなりません。
そこで在宅で看病や介護をしたいという人には、往診や訪問看護も行っています。
治療して終わりではなく、最後まで看取ってあげるのが私のポリシー。
そのための体制を整えていきたい」と語る。
新谷院長の専門は神経内科。
脳梗塞などの脳卒中、パーキンソン病など重症の患者も多く診ているからこそ、治療後も気になる。
そこで地域の医療介護施設と一体となった体制づくりのため、
他の病院と連携するのはもちろん、
リハビリ専門の病院や長期療養型病院、老人ホームなどの介護施設などとも連携をはかり、
患者にとって最適な環境が整えられるよう尽力している。
「患者さんは自分の住んでいる地域で治療し、療養し、亡くなっていく方がほとんど。
だから住み慣れた場所で安心して過ごせるような仕組み作りが大切。
その中心的役割を当病院が担っている」と地域医療全体を見渡している。

県南の救急医療を担う

JAとりで総合医療センター

JAとりで総合医療センター

一方、地域の基幹病院としても役割も大きい。
昨年9月の常総市の水害の際は、
どこよりも早くDMAT(災害急性期に活動できる
機動性を持ったトレーニングを受けた医療チーム)を派遣し、
被災者の治療にあたった。
そしてDMATが3日程度で撤退するのと入れ替わりに、
現地の医療体制が回復するまでの間、
医療支援活動を行うJMAT(日本医師会災害医療チーム)にも医師を派遣。
現地で人工透析が受けられなくなった患者さんなども多数受け入れた。
さらに、大規模災害時に、被災者にリハビリテーションの支援を行うJRATにも参加。
こうした幅広い支援も、90名もの医師と400人近い看護師、その他、
薬剤師や検査技師、放射線技師など総勢700人以上のスタッフのマンパワーがあるからこそ。
年間4500件もの救急車を受け入れ、救急外来に2万5000人もの患者が訪れる。
県南地域の救急患者の多くを受け入れている。

「患者さんにとって、医者は病気を治してくれて当たり前の存在。
もちろん私たちはどんな状況でも患者を助けるために精一杯治療を行っているが、
時には助けられない命もある。
こちらに赴任したばかりの当直の夜、
吐物で窒息状態のまま救急搬送された18歳の男性を、
ぎりぎりのところで蘇生させたことがありました。
本人や親御さんは、当時、事の重大さに気づいておられず、
治ったのは当たり前のように数日後に退院して行かれました。
医者とはそんなものです」と平然と語る新谷院長。
私たちが地域で安心して暮らせるのも、病気やケガをしたときに頼りになる病院があり、
患者を第一に考えてくれる医師がいてくれるからこそ。
これからも地域の病院として患者に寄り添い、どんなときでも頼りになる病院であってほしい。

プロフィール

JAとりで総合医療センター 院長 新谷 周三さん[Shuzo Shintani]

1954年(昭和29年)生まれ。山口県萩市出身
1979年 東京医科歯科大学卒業
1990年 旧取手協同病院に赴任。専門は神経内科
2008年 JAとりで総合医療センター院長に就任。神経内科部長、リハビリテーション科部長も兼任。
東京医科歯科大学臨床教授、筑波大学医学専門学群臨床教授、山梨大学医学部非常勤講師


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